一人称が言えない人っている?

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以前、自分が上手く会話が出来ないわけを記事にした。
引きこもりコミュ障だけどマジで人と話せないので理由を考えてみる

また思いつくことがあったので、書いてみようと思う。

僕はいままで、ほとんど一人称を使ったことがない。

なぜか分からないけど、一人称を発することに異常な恥ずかしさを抱いてしまう。

小さいころは、自分のことを「○○くん」と呼んでいたのだが、小学生にもなると恥ずかしくて使えなくなる。

そこから一人称をどう変えていけばいいのか分からず、ずっと使わないまま生きてきたら、大人になっても一人称が言えない変な奴になっていた。

一人称が言えない生活

ネットの書き込みや、学校の先生、バイト先の上司などの前では、一人称を使うことにそこまで抵抗はない。

しかし家族や友達の前では使うことができない。

主語なしで話をしていて、「誰が?」とか聞かれたときは、「僕」と言えなくて怯んでしまう。

今まで「こっち」と言ったりジェスチャーなどで誤魔化してきたが、あきらかに不自然だっただろう。

「これ誰のカバン?」とか聞かれたときは、「僕の」と言うことができないので、手を挙げて「はい」と言うしかない。

ちなみに親から、「俺」を使うのは禁止されていた。
不良が使う言葉だからだそうだ。

まあどちらにしろ「俺」なんて自分には全然合わないし、使おうとも思わない。

かといって「僕」も合うとは思わない。
なんだか子供っぽく思われそうで恥ずかしい。

なので結局、どちらも使うことはできない。

人を呼べない

一人称が言えないことと関係あるかどうか分からないが、僕は人を呼ぶこともできない。

何故か強烈なマインドブロックがある。

これもいくつかパターンがあり、場合によっては呼べることもある。
その辺のルールは自分でもよく把握できていない。

学校の先生のことは「先生」と呼ぶことができた。
バイト先の仲間のことも、名字で「○○さん」と呼ぶことができた。

ただ中学・高校の頃は、クラスメイトの名前をろくに呼ぶことができなかった。

特に「あだ名」で呼ばれている人を、呼ぶことができなかったように思う。

中学のとき、結構よく遊んだ友達がいたのだが、一度も彼の名前を呼んだことがない。(彼は基本的にあだ名で呼ばれていた)

あきらかに不自然なときもあったので、向こうも、僕が呼ぶのを避けていることに気付いていたと思う。

その友達とは、中学卒業してから一度も合っていない。

大学のゼミでも何人かと知り合ったが、一度も名前を呼ぶことができなかった。(こっちはあだ名とか関係なしに)

親のことも、「お父さん」「お母さん」と呼ぶことができない。

呼ばなければならない場合は、それぞれの部屋の方向を指さしている。

例えば母に「お父さんはどこに行ったの?」と聞くときは
(父の部屋を指して)「どこに行ったの?」と聞いている。

まとめ

・一人称を言えない
・人を呼べない

これってコミュ障あるあるなのだろうか?

僕が会話ができないのは、2割ぐらいはこれが原因だと思う。

特に一人称がないことは、人格形成にもかなり影響を与えているような気がする。

僕の自我の形成が未成熟なのも、一人称がないことが関係しているのではないだろうか?
それとも自我が未成熟だから一人称が言えないのだろうか?

まあどちらにしろ僕は一生、一人称が言えないまま生きるのだろう。
そう思うと少し悲しくもなってくる。

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コメント

  1. チーター より:

    仲間がいた(泣)

    一人称が言えない
    これ凄く分かります。
    私はむりくり僕と言えないこともないけどその後でうわああってなります。
    人を呼ぶのも呼び方に困るときは思考がループしてどうしようってなります。

    人格が未成熟
    これも私のことですね。
    やっぱり一人称が定まってないと人格形成に多大な影響があると思います。
    なんというか、ふらふらしてるというかそもそも定まりたくないと思ってる所もあると思います。

  2. 人間 より:

    私も同じです。同じような方がおられて驚きました(笑)
    私は中学校までは、一人称と二人称共にいうことができませんでした。高校からは友達が一人もいないところに進学したこともあり、このままでは不便だしマズイと、使いようになりましたね。

    誰が?とか言われたときに自分や友達の名前が言えずに会話が詰まることがあり、言えないことに気づいた一部の友達からは変なレッテルを貼られていました。

    高校で自分の名前や友達の名前を初めて使った時すごく緊張したのを覚えています。私、名前言ったんだ!?みたいな。なんなんでしょうね、これ。

    人格が成熟していないというのも、当てはまりますかねー。感受性豊かなのか、まわりに共感しやすい節があり、ころころ価値観が変わって今でも定まった人格がないような感じです。

  3. 名前ない より:

    おぉー、まさかの仲間を発見(笑)
    私もあなたと全く同じで、オフィシャルな場面では一人称(主に僕)を使いますが、プライベートでは一人称を使いませんでした。
    今でこそ、なんとか自分の事を「自分」といいますが、話に出たような「これ、誰の?」とか聞かれると「はい」としか言えないです。

    また、友人のあだ名に関しても同じで昔は良く友達に「俺の名前、呼んだことないよな?呼んでみて」と言われて困ったものです。
    ネット上で知り合った方はハンドルネームで呼ぶので大丈夫なんですが、実名となると何故か呼べません。

    難しい問題です。
    今更、自分を「俺」とかと呼べば家族には驚かれるだろうし、その時の対応もどうしていいか分からないので、多分年を取ってもこのままなのかなー?となんとなく考えたりします。

  4. ta より:

    同じことを悩んでいる方いて驚いています。今まで誤魔化しながら一人称を使わないようにして、どうしてもというときは「自分」を使ってきました。おかげで自分自身を見失うことなんてしょっちゅうです。しかし、この状態を続けてもいいことは何もないと気が付いたので自身を「俺」と呼ぶことに決めました。「俺」と堂々と言えるようになれば自分に自信が着くと考えたからです。最初は違和感しかなく簡単なことではないと思いますが周りから認めてもらえるまで頑張ろうと思います。